私の人生が音を立てて崩れ始めたのは、いつからだったのでしょうか。かつては人を招くのが大好きで、季節の花を飾っていたはずの部屋が、いつの間にか物理的な「山」に変わっていました。最初は仕事の疲れを理由に、つい出しっぱなしにしたコンビニの袋でした。それが翌日には二つになり、一週間後には段ボールが重なり、気づけば部屋の床が一切見えなくなり、部屋が汚すぎて片付けられないという現実に直面していました。毎日、そのゴミの山を飛び石のように踏み越えてベッドに辿り着く。それが私にとっての日常になってしまいました。部屋の状態は心の鏡であるという言葉がありますが、当時の私にとって、その鏡はあまりにも無残に割れていました。部屋が汚すぎて片付けられないという事実は、単に掃除が苦手というレベルを超え、自分の人生そのものをコントロールできていないという強烈な敗北感を私に植え付けました。ある夏の日のこと、郵便受けから溢れ出したチラシや封筒が、玄関の内側に雪崩のように崩れ落ちてきました。その時、ふと鼻を突く嫌な臭いに気づいたのです。それは、湿った紙が腐敗したような、あるいは何かが発酵したような、形容しがたい不快な臭いでした。ゴミの山は、既に私の膝の高さまで達しており、かつてお気に入りだったスニーカーの片方は、何ヶ月も見当たらないままでした。その瞬間、私は猛烈な恐怖に襲われました。もし今、ここで火事が起きたら。もし今、私が倒れて救急隊が駆けつけたら。彼らはこの扉を開けることすらできず、私はこのゴミに埋もれたまま誰にも気づかれずに消えてしまうのではないか。その恐怖が、私の止まっていた時間を動かしました。部屋が汚すぎて片付けられないと泣き崩れていた私は、その夜、震える手で一つのゴミ袋を手に取りました。まずは足元のペットボトルを一本拾う。たったそれだけのことが、エベレストを登るかのような重労働に感じられました。しかし、一本、また一本と袋に入れていくうちに、数年ぶりにフローリングの木目がほんの数センチだけ顔を出しました。その小さな茶色の輝きを見た時、私は涙が止まりませんでした。部屋が汚すぎて片付けられないという呪縛は、実は自分自身が作り上げていたものでした。完璧に綺麗にする必要はない、まずはこの数センチを守り抜く。その決意が、私を暗闇から救い出す最初の一歩となったのです。それから数ヶ月かけて、私は少しずつ自分の部屋と、そして自分自身の自尊心を取り戻していきました。今では窓を全開にして風を通すたびに、生きている実感を噛み締めています。
部屋が汚すぎて片付けられない私が絶望の淵で見つけた希望の光