私が自分の部屋の惨状を世界に晒そうと決めたのは、もうこれ以上、自分一人の力ではどうしようもないという絶望の淵に立たされた時でした。玄関まで届きそうなゴミの山、何年も開けていない窓、そしてその中で震えている自分自身。私はこのまま誰にも知られずに、このゴミに埋もれて消えてしまうのではないかという恐怖に駆られました。そこで私は、震える手でスマートフォンを固定し、ライブ配信のボタンを押しました。タイトルは「ゴミ屋敷ライブ、今日からやり直します」と。最初は誰一人として見ていませんでしたが、次第に数人、数十人と視聴者が増え始め、コメントが流れ始めました。「大丈夫か」「手伝いに行きたい」「無理しないで」という声。私は泣きながら、一本のペットボトルを拾い上げました。ライブ配信という形で自分を監視下に置くことで、私はようやく、重い腰を上げることができたのです。それから毎日、私はゴミ屋敷ライブを続けました。一日に一平方メートル、床が見えるまで配信を止めないと決め、視聴者の見守る中で黙々と分別を進めました。ライブ配信は、私にとっての「命綱」でした。誰かに見られているという意識が、私を正気に戻し、ゴミの中に埋もれていた「人間としての誇り」を少しずつ掘り起こしてくれました。配信中、視聴者からアドバイスをもらったり、思い出の品が出てきた時に一緒に思い出話をしたりする時間は、数年間に及ぶ私の孤独を癒やす最高のリハビリとなりました。ついにすべてのゴミが運び出され、部屋に朝日が差し込んだ時、ライブの視聴者数は一千人を超えていました。コメント欄に溢れる「おめでとう」という言葉を見た時、私は自分が独りではないことを確信しました。ゴミ屋敷ライブは、私の部屋を綺麗にしただけでなく、私の凍りついた心を溶かしてくれたのです。今、私は新しい生活を始めていますが、時折あのライブのアーカイブを見返します。そこには、必死に生きようとしていた自分の姿があります。ゴミ屋敷ライブを通じて得た、名もなき人々との絆は、私の人生において最も大切な宝物です。
私がゴミ屋敷ライブを始めた理由と再生