久しぶりにまとまった休みが取れ、期待と懐かしさを胸に帰省した実家の扉を開けた時、私の目の前に広がっていたのは、かつての面影を微塵も感じさせない「ゴミ屋敷」という地獄でした。玄関から漂う鼻を突くような酸っぱい臭いと、床が見えないほど積み上がった雑誌やコンビニの空き袋。そして、その山の間から力なく笑いながら「おかえり」と言った母親の姿を見た瞬間、私は自分の足元が崩れ落ちるような衝撃を受けました。子供の頃、あれほど厳しく「片付けなさい」と私を叱っていた、清潔感溢れる母はどこへ行ってしまったのでしょうか。キッチンには洗われていない食器が山積みになり、コンロの周りには油汚れと埃が層を成し、冷蔵庫の中からは得体の知れない液体が漏れ出していました。私はあまりのショックに、その場に立ち尽くし、言葉を失いました。母は私の動揺を察したのか、「最近、ちょっと忙しくてね」と力なく言い訳をしましたが、その瞳には明らかに生気が欠けており、助けを求めているような、あるいはすべてを諦めたような複雑な色が混ざっていました。私はその夜、客間のゴミをかき分けて布団を敷き、眠れない夜を過ごしました。暗闇の中で聞こえてくるネズミの這い回る音や、カサカサという不気味な虫の羽音。そして時折聞こえる母の重苦しい溜息。私は自分の無関心が、母をこれほどまでの絶望に追い込んでしまったことを呪いました。都会で自分の生活を謳歌し、実家の様子を電話一本で分かったつもりになっていた自分が、いかに愚かであったかを痛感しました。翌朝、私は母に怒るのではなく、ただ黙って掃除機を握りました。母が「もういいよ」と止めるのを無視して、まずは床面積を広げることに全力を注ぎました。数時間後、ほんの一畳ほどの畳が見えた時、母はそこに座り込んで声を上げて泣き始めました。その涙は、長年一人で抱え込んできた孤独と、ゴミに埋もれていた自尊心が溢れ出したものでした。この帰省は、私にとって人生で最も辛い経験となりましたが、同時に、母という一人の人間と真に向き合うための、避けては通れない通過儀礼でもありました。私は、母をこのゴミ屋敷から救い出し、再び「人間らしい生活」を取り戻すまで、絶対に手を放さないと心に誓ったのです。
帰省した実家がゴミ屋敷だった日の衝撃